原油価格はどうなる?-インテリジェンスレポート-

本記事の重要ポイント

本記事ではOPEC交渉決裂と原油価格の将来について分析しています。重要ポイントは以下の通りです。

  • 今回の原油価格下落はサウジ・ロシアにとって想定の範囲内
  • 両者の思惑はアメリカを協調減産に巻き込むこと
  • アメリカの介入に対し、サウジはロシアの減産合意順守を期待。ロシアは米露関係改善の端緒となることを期待
  • アメリカはトランプ大統領の選挙対策のため合意を急ぐ
  • 全てのプレイヤーが原油安回避という目標を共有しているため、2020年夏頃までには原油価格は上昇する
  • その価格は40ドル前後になると予想

原油価格と中東八百長政治

OPECでの減産不合意とコロナショックによる需要減で、原油価格の下落が止まらない。2020年4月時点で原油価格は1バレル20ドル前後まで下落し、アメリカシェールガス中堅の「ホワイティング」が経営破綻した。こうした状況を受け、米国、ロシア、サウジを中心に事態打開に向けた交渉が水面下で進められている。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200402/k10012363591000.html

石油利権は軍事利権と並び世界有数の巨大利権である。歴史的に、原油価格の調整はOPECでの協調減産と中東での小規模な軍事紛争によって行われてきた。

加えて、BRICSを初めとする新興国での需要増を背景に堅調に原油価格は上昇してきた。原油価格の下落局面で減産もしくは小規模紛争を起こすことで、産油国・オイルメジャーとそれに連なる利権(日本では総合商社がその代表)に恩恵をもたらしてきたのである。

https://www.rakuten-sec.co.jp/web/commodity/lineup/crude_oil/long_chart.html

今回の原油価格下落は、OPECを中心とする原油の国際秩序が崩壊したことを意味している。その原因は、エネルギー市場におけるOPECに影響力が減退したことにある。

グラフから分かる通り、OPECの全世界生産量における割合は4割弱となっており、かつて7割を占めていたときの影響力はもはや見る影もない。したがって、OPECの協調減産が原油価格に与えるインパクトはもはや大きくなく、必然的に中東での軍事紛争が与えるインパクトも大きく低減している。(イラン・ソレイマニ殺害で緊張関係が高まったときですら原油価格下落は小幅にとどまった)

https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20190730/se1/00m/020/060000c

OPEC減産交渉の内幕

それでは、原油価格は今後どうなるか。インテリジェンスの視点から分析する際に大事なのは、各プレイヤーが何を考えているかを推察し、実際の事象と突き合わせることで、将来を分析することである。

上記グラフからも分かるように、今回の主要プレイヤーはアメリカ、サウジ、ロシアである。それでは各プレイヤーが何を考えているか、より具体的には各プレイヤーを構成する人間(政策決定権者と外交当局の上層部、そして実際に交渉を行う外交官)とが何を考えているかを見ていこう。

今回の原油価格下落は、サウジ・ロシア間でOPEC協調減産の合意が取れなかったことが原因である。

民主国家の場合、こうした外交交渉では事前に交渉シュミレーションが行われ、勝敗ラインを外交当局内ですり合わせたうえで外交官は交渉に臨む。また、現場の外交官は交渉状況を外交電報で本国の決定権者に送り、その都度指示を仰ぐのが基本である。

それでは、今回のOPECでのサウジ側の思惑・交渉電報を推察してみよう。

【サウジ当局】

「原油価格の上昇はサウジ・ロシアにとって共通の利益。ただし2014年以降にロシアが合意を密かに破り利益を独占したことは許せない。したがって、ロシアにも減産にしっかりと順守させる必要がある。」

「減産合意が得られなかった場合、原油の価格競争となる。ロシアはプーチンの強権体制とはいえ、必ず選挙が実施される。そのため価格競争になった場合、ロシア側は選挙前に妥協せざるを得ず、最終的には我が国(=サウジ)はロシア側に勝利するであろう。」

「価格競争となった場合、エネルギー大国となったアメリカは原油価格の下落を座視できない。とくに大統領選挙を控えている現状、シェール産業の倒産を防ぐため必ずやトランプ大統領が介入してくる。アメリカの圧力はロシアに減産合意を順守させることに利用できる。

したがって、我が国も多少の傷を負うにせよ、価格競争に突入することも可とする。我が国の戦略目標としては、①長期の原油安を避ける、②ロシアに減産合意を順守させる、の2点である。」

サウジ政策決定権者・ムハンマド皇太子

実際、交渉決裂後のサウジ側の行動は迅速である。翌2日後には増産を開始し、原油価格は急落することになる。またそれと同時に、サウジの政策決定権者であるムハンマド皇太子は、価格競争に向けて政敵を粛清し、国内の引き締めを図っている。

ここから分かることは、サウジは十分に準備と計算を行ったうえで、価格競争に臨んでいるということである。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200307/k10012319091000.html

一方、対するロシア側の思惑はどうであろうか?外交・インテリジェンスの世界では、ロシアは外交巧者で強かであるとの見方が通説である。

今回、価格競争で勝ち目のないロシア側が価格競争に臨んだのはなぜであろうか。そこには以下のような思惑があると見られる。

【ロシア当局】

「サウジは非民主国家の強みを活かし、価格競争も辞さず、の姿勢で交渉に臨むであろう。そのため、今回の交渉でロシア側に有利な合意を得ることは困難である。」

「価格競争に突入した場合、アメリカのトランプ政権は必ずや介入してくる。しかも、大統領選挙の真っ只中であるため、トランプ大統領は選挙期間中の合意締結を目指し、それを自身の功績としてアピールしようとするであろう。

すなわち、アメリカの介入後の交渉では、我が国(=ロシア)はアメリカ側の譲歩が期待でき、有利な立場で交渉を進めることができる。したがって、価格競争に突入することは可とする。」

「アメリカとの合意締結はロ米関係の改善の端緒となりえる。我が国にとって、アメリカの対ロ制裁解除は優先課題である。コロナ以後、アメリカが中国と事を構えるにあたり、我が国の協力若しくは好意的中立が必要不可欠となり、中長期的に我が国は米中対立の中で長期的に漁夫の利を得ていくべきである。

したがって、我が国の戦略目標は、①長期の原油安を避ける、②有利な条件で合意を締結する、③今回の合意を対米関係改善の端緒とする、の3点である」

ロシア側決定権者・プーチン大統領

交渉決裂後、ロシアは、「ロシアとOPECだけで合意したとしても、他のエネルギー産出国が利するだけだ。」とのコメントを出している。その意味するところは、「アメリカを巻き込まなければならない」というメッセージである。ここにロシア側の思惑が見える。

https://jp.reuters.com/article/oil-opec-russia-idJPKBN21A02H

原油価格は40ドルで均衡する

上記がサウジ、ロシアの思惑である。なお、トランプ政権以降、アメリカ国務省は機能不全に陥っているため、精緻な外交交渉はできていない。政策決定権者であるトランプ大統領のトップダウンで物事が決まるため、今回のアメリカ側の思惑は下記の通り単純である。

【アメリカ当局】

「原油安はアメリカシェール産業に打撃を与える。大統領選勝利のため、シェール産業が集中する米国南部の支持獲得は必須である。また、今回の交渉を迅速にまとめることで大統領選で自身の功績とすることができる。

したがって、①原油安を早急に解消する、②多少不利でも迅速に合意をまとめる、の2点を戦略目標とする」

米石油大手幹部と会談したトランプ大統領

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200404/k10012368231000.html

こうした状況下で、原油価格は将来どうなるのであろうか。

これまで見てきたようにすべてのプレイヤーの第一目標は原油安の解消で一致している。かつ、それを早期に実現しようとする方向性も一致している。したがって、交渉に要する時間や米大統領選期間を考慮すると、原油価格は2020年夏頃までに解消するとみるのが妥当である。

残る論点は、実際に原油価格がいくらになるかである。コロナショックによる需要減は少なくとも2020年中は続くと見られることから、どれほど減産合意を実施したとしても原油価格はかつてのような価格にはならない。

原油は相場商品(コモディティ)であるため、正確な価格分析は困難であるが、アメリカシェール産業の損益分岐点が35ドル前後であることを考慮すると、40ドル程度でしばらくは均衡すると見られる。

https://www.nam.co.jp/news/mpdf/190117_tj2.pdf

なおここでは詳述しないが、こうした原油価格の動きに対し、欧州はCO2排出規制によってカーボンバブルなる概念で対抗、中国は自然エネルギーと石炭火力への回帰といった施策を取り始めている。

石油をめぐる大国の暗闘は今後も続いていく。

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